The rest of the fighting dog 2
――闘犬の安息・その後――
命に関わる状態でない限り、入院という非日常生活は概ね退屈である。 それは当事者ばかりでなく、関係者もしかり。 暇を持て余すと人間は碌なことをしない。
「服を捲って前を見せてごらん」 「は?」
エリックは思わず、犬にあるまじき間抜けな返答をした。だが主は怒ることなく美しい顔に微笑みを浮かべている。 「手術で下の毛剃ったんだろ? 見せてごらん」
見舞いに訪れて術後の体調を気にし、優しく労りの言葉を述べた同じ口から、同じ調子で卑猥な言葉が滑りだした。 「何回同じことを言わせるつもりだ?」
声音は相変わらずだったが、その裏に併せ持つ意味を理解したエリックは慌てた。あまりに何気なくあっさりと言われたので、理解するのに時間がかかったのだ。 「は、はい! 申し訳ございません!」 エリックはベッドで上半身を起こした姿勢のまま、ガウンのような病衣の裾を割った。
主の前では裸体でいることが前提だが、エリックは術後の入院中とあって病院の簡素な寝間着を着ていた。 「その下着面白いね」
主が興味を示したのはT字帯だった。傷口の処置のしやすさや腹部を締め付けないために穿かされたのだ。股間部を覆う長方形の布に腰で縛るための紐が付いただけの、名前の通りTの字の形をした物だ。下着と呼ぶにはあまりにシンプル過ぎて、改めてまじまじと見たエリックは頬を染めた。腰紐にかかる指先が止まる。 「どうしたエリック?」
エリックは目を伏せた。主の視線を下半身に感じる。その視線に反応し、下半身に血が集まって熱くなるのを感じた。エリックは思い切って目を瞑り、下着の紐を解いた。 「おや可愛い。ツルツルで子供のようだ」 恥毛のなくなった剥き身の肌を前に、主は楽しそうに笑う。 「けどこの子は随分と立派なモノをお持ちだ」 主の言葉にエリックの性器はますます硬く立ち上がり、ひくりと震える。
普段陰毛に覆われ晒されることのなかった皮膚は白く、赤ん坊のように瑞々しい。そこに成熟した大人の性器が血管を浮き上がらせて天を仰いでいる。グロテスクと言うより滑稽だった。 「触ってもないのにこんなに大きくして。はしたない子だ」 わざと性器を避けるように、主の指は周辺の柔らかな皮膚を滑る。 「申し訳、ありません……」 ひくつく喉からエリックは言葉を吐き出した。 「恥ずかしいのが好きなのかい?」 いやいやとエリックは頭を振り、主の胸元に顔を埋める。 「こういう時はどうするんだっけエリック?」 「……ご主人様が……見ていて下さるからです……」 主の胸元から顔を上げ、潤んだ瞳で視線を合わせながらエリックは呟いた。 「いい子だ」
そう言うと主はエリックの屹立を握った。そこは溢れ出た先走りで既に滑りを帯びていた。 形を確かめるようなやんわりとした動きにもエリックは甘い声を漏らした。
「いつもより感じてるんじゃないのか? 毛がないほうがエリックは感じるのかな。そういえばお前は剃毛したことはなかったね。似合うよ。いっそ脱毛するかい?」 「……勘弁して下さい、ご主人様……」 「何故? こんなにして」 「だって……」 「そう言えばここ数日出していなかったね」 事も無げに主は言うが、エリックは緩やかな刺激にじれ始めていた。 「ご主人様……」 外でも、そしてここヴィラでも。戦いの場にいた姿からは想像もつかない媚態を晒す。 「いいよエリック、出しなさい」 そう言うと主はエリックの猛りを扱き上げた。 「あ、ご主人様……達きます――!」 主の言葉はエリックにとって解放の呪文だった――
流されてことに至ったが、思い出したかのように痛み出した傷口にエリックは顔を顰めた。 「大丈夫かエリック」 さすがに主も少し慌てた。しかしエリックは痛みの波をぬって主にしがみつく。 「……ご主人様が欲しいです……」 「傷口から内臓が出たら嫌だ」 このまま押し倒したい所だったが、主はさすがに堪えた。軽口を叩いて誤魔化す。 「だってせっかく来て下さったのに……俺、お相手出来ないなんて……」 エリックはしおらしく項垂れた。 「そんなこと気にしてたのか。馬鹿者」 お前はそれだけの存在ではないんだよと、主はエリックの頭を撫でさする。 ヴィラには他にも遊べる犬がたくさんいるとは――この場合言わなくていいこと。 新しい仔犬が入ったと連絡を受けたことも……胸の中に。
しばらく大人しく撫でられていたエリックだったが、ベッドを降りて床に座り込むと、主の脚の間に体を潜り込ませた。 「こら、エリック!」
叱責も無視し、エリックは慣れた手付きで下体の合わせを解くと現れた性器を口に含んだ。柔らかかった肉はすぐに芯を持ち、硬く大きく膨れ上がる。急激な変化に喉の奥まで飲み込んでいたエリックは鼻から呻きを漏らした。それでも口を離さない。頬を窄めて舌を絡ませて亀頭のくびれや裏筋を舐める。 「……!」 主も限界が近かった。もっと快楽を得ようとエリックの頭を股間へと押し付ける。 その時だった。
「ゴックンしちゃダメだよー」
突然の間抜けな声にエリックは身を竦ませた。反動で喉が狭まり、その刺激で主は爆ぜた。まともに飛沫を受けたエリックは激しく咳き込む。主が入り口に目を向けると手術の執刀医である外科部長が立っていた。エリックの様子を見に来たらしい。 「まだ絶食中なんでタンパク質摂取させないで下さいねー」 真面目な顔で噴き出しそうな台詞を吐く医師に、主は「不可抗力だ」と憮然と応えた。 「ほらエリック、ベッドに戻って」 床は冷えるからと、医師は蹲るエリックの肩に手をかけた。 ――だが様子がおかしい。
咳は治まったものの、エリックは肩をひくつかせて体を丸めている。その手が腹部を押さえている。 「――傷、開いたかもね……」 医師はスタッフを呼ぶべく、コールボタンを押した。
この世話の焼ける犬が退院するまでに新しい仔犬を落とせるだろうか…… 軽くなった砲身をしまいつつ、主はそんなことを考えていた。
勇ましくも愛しい、そして滑稽な闘犬の安息の日々はしばし、強制的に続くだろう。 安息……もとい安静の日々。
|